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土佐維新の道・脱藩の道訪問記

高校25回卒の梯です。

5月31日、高校25回卒の仲間4人で、観光・温泉・うどんを楽しむ旅として、高知県の梼原町と四国カルストを訪れました。美馬町を朝8時に出発し、帰着したのは夜8時前。なかなかの長時間ドライブとなりましたが、K君が全行程を一人で運転してくれました。本当にお世話になりました。

梼原町は、高知県と愛媛県の県境近く、四国山地の奥深くにある隠れ里のような集落です。

坂本龍馬、吉村寅太郎、那須信吾をはじめ、多くの土佐藩の志士たちが梼原を経て脱藩し、維新回天を志しました。しかし、その多くは維新の成就を見ることなく、不遇の最期を遂げています。

高知城下から梼原を経由して大洲・宇和島、あるいは松山へと抜ける四国山地の険しい山道は、「維新の道・脱藩の道」と呼ばれ、昭和61年には「日本の道100選」に選ばれました。

高知自動車道を須崎で降り、四国山地の山道を走ること約1時間。忽然と現れた梼原町は、まさに隠れ里の趣を残しながらも、美しく整備された町並みが印象的でした。

まず訪れたのは「維新の門」。当地を駆け抜けていった8人の志士たちの群像が迎えてくれます。改めて考えると、彼らは皆二十代の若者だったのです。

次に訪れたのは掛橋和泉邸。梼原の神職の家に生まれた掛橋和泉は、私財を投じて脱藩する志士たちを支援し続けました。しかし、そのことが親の知るところとなり、同志たちに累が及ぶことを恐れて自ら命を絶った、維新回天の陰の功労者です。

友人のK君によれば、彼の恩師である歴史研究家の先達も、この地をぜひ訪れたいと願っていたそうです。そして実際に訪れた際には、その生涯に深く心を打たれ、思わず嗚咽するほど感動されたとのことでした。

なお、同じ「かけはし」でも、梯姓の我が家とは特にゆかりはなさそうです。

続いて吉村寅太郎邸を訪れ、彼にちなんだ「天誅うどん」を賞味しました。これが実においしいうどんでした。

さらに「道の駅ゆすはら」にある「雲の上の温泉」でゆったりと汗を流し、半日の疲れを癒して午後の旅へと向かいました。

午後は自然公園・四国カルストを目指して、さらに標高を上げていきます。山間の道路は一車線区間と整備された二車線区間が交互に現れましたが、K君の卓越した運転で難なく進んでいきます。

やがて標高1,100メートルを超え、四国山地を一望できる素晴らしい尾根道へと到着しました。そこに広がる景観はまさに絶景でした。

山上には「星ふるヴィレッジTENGU」という人気のホテルがあります。晴れた夜に見上げる満天の星空は、まるで宇宙空間に浮かんでいるかのような感覚を味わえるそうです。ぜひ星空を見るためだけにでも、もう一度訪れたいと思いました。

夕暮れの迫る山道を須崎へ向かって下り、その後、川之江ジャンクション手前では燃えるように美しい夕焼けにも出会うことができました。そして無事、美馬町へ帰り着いたのでした。

約半日に及ぶドライブの車中では、昔話から現在の暮らしの話まで、脇町高校25回卒の同級生ならではの尽きることのないおしゃべりが続きました。

同級生とは、歳を重ねるほどにその存在のありがたさが身に染みるものです。そして四国には、先人たちの足跡を伝える歴史と、人の心を癒やす雄大な自然があります。それらに触れながら、旧友たちと語り合った一日は、忘れ難い思い出となりました。

投稿:                             梯 哲雄(高25回)

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コメント: 2
  • #1

    緒方貴文 (土曜日, 06 6月 2026 07:37)

    目的を持った旅行楽しかったでしょうね。
    特に「かけはし」さんのエピソードが印象に残りました。
    ホテル、温泉も素晴らしく行ってみたいなという気持ちにさせてくれました。

  • #2

    北岡秀二 (木曜日, 11 6月 2026 09:07)

    梯さんの文中のK君です。
    部外投稿お許し下さい、
    緒方さん!懐かしい♪

    「かけはし」さんに関心ありとの事なので追記します

    写真の維新の門には、
    小高い丘の上に『脱藩の道』を駆け抜けた志士達の群像が有ります

    向かって左側は吉村虎太郎ら「天誅組」の闘う群像
    向かって右側に坂本龍馬と同志の群像が有ります

    そして中央後方に一人合掌をしてお祈りをしている像が掛橋和泉です
    掛橋さん無くして脱藩の実現は無いと云われる程の
    陰の立役者です。

    維新に関心ある有名人が立ち寄れば、こぞって掛橋さんの存在に涙するそうです

    是非行ってみて下さいね!